「藝技東西」という羅針盤
2025年11月23日、3年間にわたるプロジェクト「藝術と技術の対話(Dialogue on Art & Technology)」が幕を開けた。このタイトルについて、藤幡は「藝術と技術が対話する、という意味ではなく、それらに関わる問題について『一緒に対話しよう』という意味を込めて、英語タイトルでは“between”ではなく“on”を使っています」と説明する。
講座の冒頭、スクリーンに映し出されたのは、藤幡自身がデザインしたという四つの漢字のロゴタイプだ。「藝技東西」。本プロジェクトの核心は、この四文字に集約されている。
とりわけ藤幡が熱っぽく語ったのが、「藝」の文字へのこだわりだ。現在、一般的に使われている「芸」という文字は、草冠に「云」と書く。これは、ヘンルーダという防虫効果のある植物の名前だった。
対して、旧字体の「藝」には、「種を蒔く」「育てる」という意味が含まれている。藤幡は言う。「本来の『藝』の字で一番大事なのは、草かんむりと『云』の間に挟まっている、『執務』の『執』に似た部分です。この部分には、『種を蒔く』『育てる』という意味があり、つまり教育なんですね」。
藝術とは、単なる表現技術ではなく、何かを植え、育て上げる営みである。そして「技術」の「技」。さらに、それらの土壌である「東」と「西」。今回の講座もこの4文字を行き来しながら展開していくものだった。
モネと脳科学が出会うとき
私たちが普段何気なく使っている「芸術」や「技術」という言葉は、明治時代に西洋の概念(Art, Technology)を翻訳したものである。
「明治時代に西洋から入ってきた概念を日本語に翻訳してきた、そのプロセスが、150年経った今、非常に大きな影響を及ぼしている」と藤幡は警鐘を鳴らす。
かつて古代ギリシャやローマの時代には、「テクネー」や「アルス」と呼ばれ、未分化だった「ワザ」の概念が、近代に入ると「感性的な芸術」と「論理的なテクノロジー」に引き裂かれた。日本にはもともと、それらを統合した「技藝」という概念があったにもかかわらず、私たちは西洋的な「分断された概念」を輸入し、内面化してしまった。
だが、藤幡の語りが一貫して向かっていたのは、「西洋/東洋」といった単純な対立ではない。むしろ、私たちが無自覚のうちに引き受けてしまった翻訳の結果、その分断された枠組みの中で思考し続けていること自体への問いかけだった。
“art”と“science”という分断にも同じことがいえる。藤幡は、モネの《印象、日の出》を例に挙げながら、藝術とサイエンスが本来は地続きの営みであったことを示す。
モネがキャンバス上で試行錯誤の末に発見した「太陽がぎらついて見える」色彩の配置は、約100年後に脳科学者マーガレット・リビングストーンによって「脳の色彩処理と明暗処理の分離」として科学的に裏付けられた。
リビングストーンは、この絵をモノクロ写真に変換すると、太陽は背景に溶け込み、消えてしまったかのように見えることを発見した。これは、人間の脳内で「動きや位置」を司る原始的なシステムが、色の違いを無視し、明るさの差だけで世界を見ている証拠だ。このために、2つの処理系がぶつかって、太陽の部分が瞬いて見えるというのである。
「藝術とサイエンスは同根なんだ」。藤幡はそう強調する。分断されているのは私たちの認識の方であり、その認識の歪みこそが、明治以降150年の間に私たちが「失ってしまったもの」の正体なのかもしれない。
技術・記憶・故郷喪失
「技」すなわち「技術」をいかに問い直すかもまた、本プロジェクトの重要な論点だ。藤幡は、マルクス、ハイデガー、そして現代の哲学者ユク・ホイの議論を引きながら、テクノロジーがもたらす「故郷喪失」について語る。
人類学者のアンドレ・ルロワ=グーランが指摘したように、技術とは「記憶を保存するもの」である。矢尻一つにも、それを作った工程や身体動作の記憶が埋め込まれている。
だが、物質的な資源が限界を迎えたいま、テクノロジーが新たに資源化し始めているのは、人間そのものの記憶や文化だ。インターネットに蓄積された膨大なテキストやイメージは、生成AIの学習素材として吸い上げられ、再利用されていく。
その過程で、私たちはどこへ行っても同じショッピングモール、同じデスクトップ画面、同じインターフェースに囲まれるようになる。こうした均質化された世界で、私たちは「故郷」を失っている。
だが藤幡は、「だからこそ、私たちは故郷への郷愁によって生きているとも言えるし、その感覚を作品化すると、ロマンティックなものとして消費され、また売れていく。そういう循環の中に、今の状況がある」と安易な故郷回帰を戒める。
早急に結論に飛びつくのではなく、さらに相対化を進めてみよう。藤幡がその後も、さまざまな題材を取り上げて、「藝術と技術の相対化」と「西と東の相対化」を問いかけていく。
中国山水画における時間感覚の話は、その象徴的な例だ。4~5世紀に成立して以来、山水画は基本的に同じ形式を保ち続けてきた。そこには、因果関係を解明し、改良を重ねることで前へ進むという「進歩史観」はない。変わらないことそのものを前提とする世界観がある。
一方、「プログレスという考え方自体が、非常にヨーロッパ中心主義的なんです」と藤幡が語るように、西洋由来の「因果律」は、原因を特定し、修正し、より良い状態へと更新し続ける。この思考法は、科学やテクノロジーを飛躍的に発展させた一方で、世界を一方向の時間軸に押し込めてきた。藤幡は、その前提を疑うことで、技術と藝術の関係を別の角度から捉え直そうとする。
ここで重要なのは、西洋近代を否定することではない。藤幡が繰り返し語るのは、「西洋でも東洋でもない、もう一つ別の、第三のものの見方を探れないか」という第三の視点である。そのためには、他者を相対化すると同時に、自分自身の思考の癖を疑わなければならない。藤幡は、自らの内側に深く染み込んだヨーロッパ中心主義を「デトックスする必要がある」と語り、このプロジェクト自体を、その実践の場として位置づける。
明治150年で失ったもの
視線を日本に向けてみよう。藤幡がスクリーンに提示したのは、ペリー来航を描いた二枚の絵だ。一枚は随行画家による写実的な艦隊の記録画、もう一枚は日本人が描いた、まるで怪獣のような蒸気船の浮世絵である。

出典:Chicago Historical Society|MIT Visualizing Cultures

出典:© Nagasaki Prefecture|MIT Visualizing Cultures
「どう考えても、右(浮世絵)の方がユニークですよね」と藤幡は笑う。だが、現代の私たちは、この「ユニークな視点」よりも、西洋的な遠近法や写実主義の方を「正しい」と感じてしまってはいないだろうか。藤幡は「僕たちは明治以来150年かけて、左側(西洋)の視点に完全にやられてしまった」と指摘する。
この「失われた視点」の手がかりとして、藤幡は芥川龍之介の『神々の微笑』を紐解く。宣教師オルガンティノが、日本の庭で桜の花を見た瞬間に感じる、ある種の霊的な恐怖。それは、絶対的な一神教(デウス)の論理では捉えきれない、日本の風土に宿るアニミズム的な力である。
「この小説は、日本の風土、日本という土地に染みついた霊的なものが、キリスト教を受け入れないという話なんです」
ここで浮かび上がるのは、日本という場所が持つ、言語化しきれない感覚の層である。それは宗教や思想として体系化される以前の、風土や身体感覚に近いものだ。藤幡は、この「言葉にならないもの」を切り捨ててきた近代の態度そのものを、問い直そうとしている。
その先人が岡本太郎である。藤幡は「芸術は呪術である」という岡本の言葉を、単なる挑発的なスローガンとしてではなく、西洋近代への明確な距離の取り方として読み解く。
「ルネサンスって、呪術を全部切り捨てる運動なんですよね。世界を合理化して、説明できるものだけにする。でも岡本太郎は、それを分かった上で、『いや、芸術は呪術だ』と言っている。これは、ものすごくラディカルな態度だと思います」
日本工藝とヴァニタス
今後の講座では、「技術」や「ワザ」の問題圏として、コンピュータやAI(人工知能)も取り上げていく予定だ。その予告編的な議論として、藤幡が取り上げたのが、オギュスタン・ベルクの「風土(Milieu)」に関する議論だ。
藤幡がここで強調するのは、風土を「環境」と同義にしてしまう近代的理解への違和感である。ベルクが継承し拡張した和辻哲郎の議論が示すのは、環境と人間を切り分けない視点――すなわち、主体と客体を分離しない、という態度である。
「風土っていうのは、環境と人間を切り分けない、ってことなんですよ。切り分けないまま、関係として捉える。そこがポイントなんです」
藤幡はここでも、知が「細分化」によって成立してきた近代の方法論をいったん相対化する。下へ下へと分けていくほど精密になる一方で、横のつながりや、上から眺める視点が失われていく。
風土の話は、そのまま日本工藝へ接続される。彼は、手仕事が極まった先にあるものを「カミとワザが直結した状態」と呼び、「憑依のための依代」になりうる質として捉える。
「『よくできてるね』じゃ全然足りない。人間技とは思えないところまで行くと、神技になる。神様が降りてくる余地を、ものの中に用意する――最近、工藝ってそういう領域なんじゃないかと思ってるんです」
その対比として提示されるのが、「ヴァニタス」という西洋絵画のジャンルである。どちらも精密でリアルだが、志向性がまったく違う。日本工藝のリアリズムは「生きているとしか思えない」方向へ、ヴァニタスは「死を忘れるな」という方向へ向かう――これらを表層的な“リアリズム”として同一カテゴリに回収すると、決定的な取り違えが起きる。

出典:東京国立博物館画像検索

ゲイリー・ヒルが撮った「心」
講座の終盤、議論は「心」と「AI」の問題へと展開していった。
ヒューバート・ドレイファスやジョン・サールのAI批判を引きながら、藤幡は現代の生成AIブームに冷静な視線を向ける。身体を持たず、世界の中に投げ出されていないAIは、意味を理解することはできない。インターネット上の膨大なデータを確率的に継ぎ合わせているに過ぎない。
ここで紹介されるゲイリー・ヒルのビデオ作品《色彩について》のエピソードが秀逸だ。ウィトゲンシュタインの難解なテキストを朗読する少女。彼女は内容を理解してはいないが、「父親に撮影されている自分」を意識し、父親との関係性の中で振る舞っている。
「知識をどれだけ溜め込んで、そこから正しい答えを取り出せるか」ではなく、「人間と人間のあいだで起こっている、極めて具体的な関係性の問題」こそが、心の正体ではないか。
計算プロセスが可視化されていた初期のコンピュータには、機械との「対話」や「愛着」があった。しかし、現代のブラックボックス化したAIは、もはや対話不能な「ゴッド」になりつつある。藤幡は、かつてあった機械と人間との幸福な関係、アニミズム的な共存の可能性を、もう一度手繰り寄せようとしているように見える。
「AかBか」ではなく「変態する」
藤幡正樹がこのプロジェクト、そしてその目標である展覧会の開催で目指しているのは、安易な「和洋折衷」ではない。あるいは、西洋と東洋、技術と藝術、理性と呪術。それらを二項対立で戦わせるのではなく、また単純に統合するのでもなく、ぶつけ合うことで「相転移(メタモルフォーゼ)」を起こすこと。
「ヘーゲル的に言えば『アウフヘーベン』……でも最近は、『上に上がる』という言い方自体が間違っているんじゃないか、とも言われている。上に行くんじゃなくて、変態するんだ、と」。
芋虫が蝶になるように、全く異なる次元へと変化すること。その触媒となるのが「経験」だ。本プロジェクトでは、言葉だけの議論ではなく、身体を巻き込む経験として――つまり「分かったつもり」をいったん解体する場として――展覧会の開催が構想されている。
「シンポジウムをやって、言葉に置き換えた議論を並べて、『あいつの議論は使える』『これは使えない』とやるのではなくて、経験させる場所をつくる。そこで、身体的に何かに出会って、あとから気づき直す。そういう場をつくれないか」
この問題意識は、次回の講座「問題提起型の展覧会へ」に引き継がれていく。展覧会をめぐる新たな「相対化」の議論を楽しみに待ちたい。






