前回の講座では、ゲスト講師の原島大輔氏から20世紀から21世紀にかけての「知の転換」の見取り図が示された。知の根拠は、デカルト的な「人間の意識や理性」から「言語(言語論的転回)」へ、そして現在では「情報(情報学的転回)」へと移行している。そして現在の社会を席巻しているのは、世界を計算可能な操作対象とみなす「機械論的情報学(コンピューティング・パラダイム)」の思想だ。
機械論的情報学は「テクノロジー」という概念と密接に結びついている。これまでの講座で再三確認されているように、「テクノロジー」とは個人の身体から切り離され、マニュアル化されて転移可能なシステムを指す。一方、日本語の「技術」を構成する「技(ワザ)」は、「身につく」ものであり、自分の身体と切り離せない。したがって、師匠から弟子へと身体を通じて受け継がれる「技術の伝承」はあっても、「テクノロジーの伝承」という言葉は本来成り立たない。
藤幡正樹氏を講師とする本講座は、こうした議論をふまえて、ルネサンス期から現代に至る「西洋美術史」を、メディア論的・テクノロジー的な視点から大胆に解体し、読み替えていくものだった。
ルネサンスのメディア論的読み替え
西洋美術史上、大転換の時代として語られるのがルネサンスである。一般的には、ゴッドを中心とした中世から、人間にフォーカスした文芸復興の時代への転換と説明される。しかし、藤幡氏はそこで見逃されてきたテクノロジーの存在を指摘し、「ルネサンスというのは科学技術の導入なんだ」と喝破する。
中世のカトリック的な宗教的世界観の限界を乗り越えるため、当時の社会は地動説に代表される「科学技術のファクト」を必要としていた。そして、この科学技術の波は絵画の世界にも深く入り込んでいった。
その象徴が「遠近法」だ。遠近法は画家の特別な才能による奇跡ではなく、藤幡氏曰く「自動的に遠くのものを小さく描く数学的な方法」であり、誰にでも可能なテクノロジーだった。
講座では、マサッチオの《聖三位一体》やダ・ヴィンチの《最後の晩餐》を例にとって、遠近法が空間を平面に定着させるだけでなく、「人間の視覚」そのものを規定していった過程が示された。
続けて藤幡氏は、デビッド・ホックニーの著書『秘密の知識』で論じられている「カメラ・ルシーダ」について解説していく。
カメラ・ルシーダとは、いわば光学的なコピー機器である。ホックニーは同書のなかで、1420〜30年代を境にして、西洋絵画の質が大きく変化している点に注目し、それが光学機器の導入によるものである可能性を示唆している。
彼の着想のきっかけとなったのは、ドミニク・アングルの《Portrait of Madame Louis Francois Godinot》に対する違和感だった。
通常の描画であれば、対象を何度もなぞりながら、ボリュームや構造をつかもうとした痕跡が残るはずである。ところがこの作品の描線は、まるで表層だけをなぞっているように見える。
その違和感は、アンディ・ウォーホルの《Still Life》との比較によって、より確かなものになった。ウォーホルは、1960~70年代のデザイン作業で必須だった「トレスコープ」という装置を使っている。これは対象をレンズで投影し、輪郭をなぞるための光学機器である。トレスコープで線をなぞる場合、対象の立体的な形ではなく、明暗の境目だけを機械的に追うため、独特の歪みを持った線になる。ホックニーは、アングルの絵に見られる線の性質や、右肩と首の位置がずれているといったプロポーションの不自然さが、この光学機器によるトレースの痕跡と同じであることに気づいたのである。
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Camera_lucida
Jean-Auguste-Dominique Ingres《Portrait of Madame Louis Francois Godinot》
出典:https://commons.wikimedia.org/
Andy Warhol《Still Life (Detail) 》
出典:https://www.webexhibits.org/hockneyoptics/post/intro_hypothesis.html
この発見をきっかけに、ホックニーは過去の画家たちの描画技術を研究するようになった。彼は、アングルが使ったであろう技術の祖先をたどるため、主要な西洋絵画を比較していった。そして冒頭で述べたように、1430年頃を境に絵画の質が劇的に変化していることを発見したのである。
「カメラ・ルシーダ」を用いれば、写真を撮るように対象のコピーを描くことができる。このような光学機器が15世紀前半に発明され、あっという間にヨーロッパに広まったのではないか、というのがホックニーの推論だ。
そこから藤幡氏は、美術史において長らく「画家の奇跡的な手業」とされてきた写実表現の背後に、実は機械的なコピーのテクノロジーが深く関与していたことを次のように強調する。「ルネサンスとは機械技術が絵画生成技術の中に入った時代なんですよ」。だが、従来の西洋美術史がこうしたテクノロジーの存在を隠蔽し、人間の才能の歴史として物語ってきた。
ピクチャーの終焉とイメージの時代
テクノロジーとしての美術史という観点で見た場合、ルネサンスに続く画期は19世紀前半の写真の出現に求められる。
ここで藤幡は「ピクチャー」と「イメージ」の違いについて注意を促す。「イメージ」という場合、目の前にあるモノがレンズを通して網膜に「像」として映るように、そこにはオートメーション、すなわち自動化という含みがある。それを外に取り出し、どこにでも携帯可能にしたのがカメラだった。
一方で、「絵画史」は「ヒストリー・オブ・ピクチャー(history of picture)」という。西洋絵画はキリスト教と深い関係にある。なぜなら絵画は、教会という場でキリスト教の「物語を語る」ための手段だったからだ。したがってピクチャーとは、「物語を語る」メディアだった。
藤幡氏は、映画監督たちの意識について次のように指摘する。「彼らは映画を見終わった後に『It's a great picture.』と言い、自分たちの作品を『モーション・ピクチャー』と呼ぶ。決して『イメージ』とは言わない」。これは、機械的に撮られたイメージを、人間にとって意味のある「ピクチャー」に変えているという、彼らが絵画の象徴性と物語る力を引き継いだという強い自負を持っているためだ。
物語る機能が写真や映画へと移行していく一方で、絵画はどうなっていったか。
そもそもキャンバスや絵の具という支持体(メディウム)と、意味を媒介するメタ・メディアとしての「picture」が合体することで、絵画は誕生する。しかし、写真の登場により、絵画はその存在意義を「メディウムの固有性」へと求めていくことになった。その結果、抽象表現主義を経て、最終的にはソル・ルウィットに代表されるコンセプチュアル・アートへと至った。そこでは、作品はもはや作家の手によって描かれるものではなく、作成のための「指示書(プログラム)」として存在する。つまり、「どうやって描くか」を記述すること自体が作品となり、その指示さえあれば誰でも再現できるのである。
藤幡氏はこの到達点について、「どうやって描くかを指示すること自体が絵画作品になった。もうここから先はない。ヒストリー・オブ・ピクチャーという意味では、コンセプチュアル・アートまで行って終わったと見た方がいい」と述べる。
ならば「ヒストリー・オブ・ピクチャー以後」にいる我々は、美術史をどう捉えたらいいのか。
藤幡氏はここでドイツの美術史家ハンス・ベルティンクの『イメージの人類学』を紹介しながら、「現代を生きる我々が制作している作品をヒストリー・オブ・ピクチャーに繋げることは困難であり、むしろヒストリー・オブ・イメージの文脈にどう繋げるかを考えるべき」と語った。
テクノロジーの両義性
イメージの歴史を考えるうえでは、あらためてメディアやテクノロジーを捉え直すことが必要だろう。
ここまでの議論で見たように、「ヒストリー・オブ・ピクチャー」は西洋中心主義的な歴史観にほかならない。だからこそ、そこではテクノロジーの介入は隠蔽されてきた。しかしテクノロジーにはもう一つの側面がある。写真以降のデジタル・テクノロジーは、特定の国や文化に縛られない無国籍で汎世界的な存在となっている。誰もがプログラミング言語を学ぶことができ、マニュアル化されて転移可能なテクノロジーの利益を享受できるプラットフォームとなっているからだ。藤幡氏は、「ヨーロッパ中心主義から逃れるためにはテクノロジーにフォーカスするのはアリだと思う」と述べ、テクノロジーの持つ「開かれ」を積極的に利用すべきだと主張する。
ここで私たちは、テクノロジーの両義性という難題に直面することになる。この難題は、軍事技術として生まれ、現代社会の基盤となったコンピュータの歴史を振り返ることでより鮮明になる。
20世紀中頃に登場したエニアックなどの巨大計算機は、その後、1990年代に入ると、アラン・ケイの「ダイナブック」構想などに代表されるパーソナルコンピュータへと進化した。ここで起きた根本的な変化は、哲学者ベルナール・スティグレールが「第3次過去把持」と呼んだ、個人の記憶や思考が身体外部の機械へと「外在化」される現象である。現代のAI(人工知能)の進化は、この「思考の外在化」を極限まで推し進めている。これもまた、西洋的なテクノロジーの思想がもたらしたものである。
風土の「もつれと絡まり」
私たちは一方では、テクノロジーの汎世界性に可能性を見出だすと同時に、そのテクノロジーが西洋起源であり、現在、「思考の外在化」という問題を引き起こしていることにも目を向けねばならない。
こうした状況を考えるための概念が、前回の講座でも登場した和辻哲郎の「風土」や生物学者ユクスキュルの「環世界(Umwelt)」である。
デカルト的・ニュートン的な西洋の宇宙観では、人間と環境は独立した客観的な存在として切り離されてきた。しかし藤幡氏は、和辻哲郎の『風土』を引きながら、「『外が寒い』というのは客観的に外にある事実ではなく、自らの内側で生じている出来事である」と語る。
それを受けて、前回の講師である原島氏は、「風土」や「環世界」が環境決定論ではないことを強調する。「同じ環境条件でも各文化ごとに違うものが生まれてくるように、生物は客観的環境(Umgebung)に生きているのではなく、自らの身体を通じて固有の意味を持つ環世界を構築している」からだ。
それゆえ風土や環世界を、静態的に捉えるべきではない。ここで藤幡氏は、風土の「「もつれと絡まり(Tangled and Entanglements)」という観点を提出する。風土は、ローカルな場所から純粋培養のように生まれるものではない。歴史はもつれ絡まっている以上、一つの風土もさまざまな風土がもつれ絡まり合っている。おそらくテクノロジーが両義的に見えるのも、こうした風土のもつれや絡まりゆえだろう。
原島氏は、私たちの現状を次のように指摘する。「私たちは、いわばテクノロジーによって規定された風土の中に生きているわけで、それをどう抜け出すか、どう変えていくかが問われている」。
私たちが透明で中立的だと信じている環境は、実はテクノロジーによって形づくられた一つの「風土」にすぎない。その実相を明らかにし、外へ踏み出すには、新たな認識や実践のための方法論が必要になる。
そのためのヒントとして、原島氏からは、西田幾多郎の「場所の論理」や山内得立の「レンマ論理学」など、無や矛盾を組み込んだ論理学が、藤幡氏からは「環境に亀裂を入れて、事故を起こす」ことや「別の環境を提案する」という方法論が示された。
これらはヒントであって「答え」ではない。その先は、本プロジェクト参加者一人ひとりが引き受けるべき課題である。






